「親会社がIFRSを任意適用すると決めた」「経営からIFRS導入の影響を調べるよう言われた」。そんなとき、経理担当者はまず何から始めればよいのでしょうか。
今回は、IFRS導入(任意適用)の要件と、日本基準との主な違いを実務向けに解説します。のれん・有給休暇・開発費の数値例と仕訳、移行プロジェクトの5ステップ、差異調整の実務まで、仮の数値を使って整理しました。
IFRS導入は「会計基準の勉強」だけでは終わりません。グループ全体の決算の仕組みを作り直すプロジェクトです。
- IFRSとは何か、日本での任意適用の要件と適用会社数
- IFRS導入のメリット・デメリット
- 日本基準との主な違い(のれん・リース・開発費・有給休暇・表示など)
- のれん・有給休暇・開発費の数値例と仕訳
- 導入プロジェクトの5ステップと差異調整・決算期統一の実務
IFRSとは?日本での任意適用の位置づけと要件


IFRS(国際財務報告基準、IFRS会計基準)は、IFRS財団の国際会計基準審議会(IASB)が開発する会計基準です。日本では連結財務諸表に限り、要件を満たす会社が任意で適用できる仕組みになっています。
| 使える会計基準 | 概要 |
|---|---|
| 日本基準 | 企業会計基準委員会(ASBJ)などが設定。多くの上場会社が採用 |
| 指定国際会計基準(IFRS) | 金融庁長官が指定したIFRS。連結財務諸表規則第312条 |
| 米国基準 | 米国で登録している会社などが使う |
| 修正国際基準(JMIS) | ASBJがIFRSの一部を修正した基準。採用例はほとんどない |
任意適用の要件と適用会社数
連結財務諸表規則第1条の2は、次の要件をすべて満たす会社を「指定国際会計基準特定会社」とし、連結財務諸表をIFRSで作成できるとしています。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 特段の取組の記載 | 有価証券報告書などで、連結財務諸表の適正性を確保するための特段の取組を記載していること |
| 体制の整備 | IFRSに十分な知識を持つ役員・使用人を置き、IFRSで適正に作成できる体制を整えていること |
日本取引所グループ(JPX)の公表では、2026年9月末現在でIFRS適用済会社が303社、適用決定会社が14社、合計317社です。
なお、IFRSを使うのは連結財務諸表だけです。個別財務諸表(単体)は日本基準のままなので、単体は日本基準、連結はIFRSという二本立てになります。
「全部IFRSに変わる」と誤解されがちですが、日々の仕訳や単体決算は日本基準のままという会社がほとんどです。
IFRS導入のメリット・デメリット


IFRSの任意適用は、得られる効果と負担のバランスで判断します。
| メリット |
|---|
| 海外の同業他社と比べやすくなり、海外投資家に説明しやすい |
| 海外子会社を含めてグループの会計方針を統一できる |
| のれんを償却しないため、買収後の利益が償却で目減りしない |
| デメリット |
|---|
| 影響度調査・システム改修・監査対応のコストがかかる |
| IFRSに詳しい人材の確保と、グループ全体の教育が必要 |
| 注記などの開示量が増え、決算の作業が重くなる |
M&Aが多い会社では、のれんの非償却が導入の動機になることがあります。ただし、毎年の減損テストで大きな損失が一度に出るリスクとの裏表です。
単体の負担が減るわけではない
単体は日本基準のまま残るため、IFRSの連結とあわせて二つの基準で決算することになります。税務申告も日本基準の単体がもとです。
私自身は日本基準の会社にいますが、IFRS適用会社の開示を読むと、注記の量の多さに毎回驚かされます。
IFRSと日本基準の主な違い|のれん・収益認識・リース・開発費


実務で影響が大きい違いを、損益に効く項目からまとめます。
| 項目 | 日本基準 | IFRS |
|---|---|---|
| のれん | 20年以内で規則的に償却 | 償却しない。毎年減損テスト(IFRS第3号・IAS第36号) |
| 収益認識 | 企業会計基準第29号(IFRS第15号がベース)。出荷基準などの代替的な取扱いあり | IFRS第15号。代替的な取扱いはない |
| リース | 企業会計基準第34号。2027年4月1日以後開始年度から適用 | IFRS第16号。借手は原則すべて使用権資産とリース負債 |
| 開発費 | 発生時に費用処理(ソフトウェアの一部を除く) | 要件を満たせば無形資産に計上(IAS第38号) |
| 有給休暇 | 引当金は通常計上しない | 未消化分を負債に計上(IAS第19号) |
| 減損 | 割引前キャッシュ・フローで判定する二段階。戻入なし | 回収可能価額と比べる一段階。のれん以外は戻入あり |
のれんは、日本基準とIFRSで最も差が出やすい項目です。償却期間の決め方や負ののれんは、次の記事で詳しく解説しています。


収益認識は、日本基準もIFRS第15号をベースにしているため差は小さくなっています。日本基準の代替的な取扱いを使っている取引だけ、IFRSでは見直しが必要です。


リースも、新リース会計基準でIFRS第16号に近づきます。日本基準の会社が先に新基準へ対応しておくと、IFRS移行の負担が軽くなります。


表示・金融商品・固定資産などの違い
| 項目 | 日本基準 | IFRS |
|---|---|---|
| 損益計算書の表示 | 経常利益・特別損益の区分がある | 特別損益の区分はない。IFRS第18号で営業利益などの小計を定義 |
| 金融商品 | その他有価証券は売却時に損益へ | 株式はFVOCIを選ぶと売却損益をPLに振り替えない。予想信用損失で引当(IFRS第9号) |
| 減価償却 | 税法の耐用年数を使う実務が多い | 耐用年数・残存価額を毎期見直し。重要な構成部分ごとに償却 |
| 機能通貨 | 定めなし | 子会社ごとに機能通貨を判定(IAS第21号) |
IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」は、2027年1月1日以後開始する事業年度から適用されます。損益を営業・投資・財務などに区分し、「営業利益」と「財務及び法人所得税前利益」の小計を示すほか、経営者が定義した業績指標(MPM)を注記で説明します。
これからIFRSを導入するなら、IAS第1号ではなくIFRS第18号の表示を前提に準備しましょう。
数値例で見るIFRSと日本基準の違い|のれん・有給休暇・開発費の仕訳


のれん:償却がなくなり、営業利益が増える
のれん10億円を、日本基準では10年で償却している会社の例です(仮の数値)。償却前の営業利益は30億円とします。
| 項目 | 日本基準 | IFRS |
|---|---|---|
| のれんの償却 | 毎年1億円 | なし(毎年減損テスト) |
| 営業利益 | 29億円 | 30億円 |
| 5年後の帳簿価額 | 5億円 | 10億円 |
| 5年後に回収可能価額が7億円なら | 減損なし | 3億円の減損損失 |
日本基準の仕訳は(借)のれん償却額 100,000,000 /(貸)のれん 100,000,000 で、IFRSでは毎年の償却仕訳がありません。一方、5年後に業績が悪化すると(のれん部分だけで単純化)、IFRSでは(借)減損損失 300,000,000 /(貸)のれん 300,000,000 となり、のれんの減損は戻し入れできません。
有給休暇:未消化分を負債に計上する
IAS第19号では、翌期に繰り越せる有給休暇の未消化分のうち、消化が見込まれる分を負債に計上します。
| 項目 | 数値(仮の数値) |
|---|---|
| 従業員数 | 100人 |
| 1人当たりの繰越日数 | 5日 |
| 翌期の消化見込み率 | 60% |
| 1日当たり給与 | 20,000円 |
| 未払有給休暇 | 100人×5日×60%=300日×20,000円=6,000,000円 |
仕訳は(借)給料手当 6,000,000 /(貸)未払有給休暇 6,000,000 です。単体は日本基準のため、連結の組替仕訳で計上します。
開発費:要件を満たした後の支出を資産にする
当期の開発支出1億円のうち、IAS第38号の要件(技術的な実現可能性、完成させる意図と能力、将来の経済的便益など)を満たした後の支出が4,000万円だった例です(仮の数値)。
| 項目 | 日本基準 | IFRS |
|---|---|---|
| 借方 | 研究開発費 100,000,000 | 研究開発費 60,000,000・開発資産 40,000,000 |
| 貸方 | 現金預金 100,000,000 | 現金預金 100,000,000 |
| 翌期以降 | なし | 使用可能になってから償却(5年なら年8,000,000) |
税務は日本基準の単体がもとのため、連結上は4,000万円の一時差異が生じます。実効税率30%なら(借)法人税等調整額 12,000,000 /(貸)繰延税金負債 12,000,000 です。
要件を満たした時点の証拠を残す
開発費の資産化は、要件を満たした時点を説明できなければ監査で認められません。プロジェクトごとに判定の記録と支出の集計を残す仕組みが必要です。
のれんの例のように、IFRSは利益が増える方向だけではありません。減損の振れ幅も含めて経営に説明しておくことが大切です。
IFRS導入プロジェクトの進め方5ステップ


IFRS導入は、影響度調査から本番の開示まで2〜3年程度かかるのが一般的です。3月決算で2030年3月期から適用するなら、比較年度の期首である2028年4月1日が移行日になります。
日本基準との差異を洗い出し、金額の影響とシステム・業務への影響を見積もります。
IFRSでの会計方針を決め、子会社が使うマニュアルと勘定科目体系を整えます。
組替仕訳の仕組み、IFRS用の勘定科目、注記データを集める連結パッケージを改修します。
移行日の開始財政状態計算書を作り、比較年度は日本基準と並行してIFRSの数値も作ります。
会計方針と初度適用の判断を監査人と協議し、注記を準備して本番の決算を迎えます。
IFRS第1号には、過去の企業結合を遡って修正しない、固定資産の公正価値をみなし原価にする、換算差額の累計をゼロにする、などの免除規定があります。どれを使うかで移行日の数値が大きく変わるため、早めに決めましょう。
移行日の数値は後から直しにくい
開始財政状態計算書の数値は、初度適用の年度に比較情報や調整表として開示されます。誤りが見つかると開示のやり直しにつながるため、移行日の残高は早めに固めましょう。
並行決算の1年間は、実質的に二つの決算を回すことになります。人員計画に余裕を持たせてください。
IFRS導入の実務ポイント|差異調整・決算期統一・税効果


日本基準との差異調整の仕組み
単体を日本基準で作り、連結でIFRSに組み替えるのが基本です。組み替え方には主に二つあります。
| 方法 | 内容 | 向いている会社 |
|---|---|---|
| 組替仕訳方式 | 日本基準の数値に、連結パッケージでIFRS調整を加える | 差異が少なく、子会社も少ない会社 |
| 複数帳簿方式 | 会計システムに日本基準とIFRSの帳簿を持ち、日々記帳する | 差異が多い、海外子会社が多い会社 |
どちらの方式でも、調整の根拠と前期からの変動を説明できる資料が欠かせません。
子会社の決算期の統一
日本基準では、子会社との決算日の差が3か月以内ならその決算を使えます。IFRS第10号では、子会社に親会社と同じ日の財務情報を作らせるのが原則で、実務上不可能な場合に限り、重要な取引を調整したうえで3か月以内の差が認められます。12月決算の海外子会社は、仮決算か決算期変更の検討が必要です。
税効果と人材・教育
開発費や有給休暇のように連結だけで生じる差異には、税効果を忘れずに計上します。また、グループ全体の経理担当者向けに、会計方針の説明会や子会社向けのQ&Aを用意しましょう。
監査法人とは影響度調査の段階から協議する
会計方針の判断を本番直前に覆されると、システム改修からやり直しになります。重要な論点は文書にまとめ、早い段階で監査人の見解を確認しましょう。
連結パッケージの項目を後から増やすと、子会社全部に作業をお願いし直すことになります。注記に必要なデータは最初から洗い出しておきましょう。
IFRS導入の実務チェックリスト
- 日本基準との差異を項目ごとに洗い出し、金額影響を見積もったか
- グループ会計マニュアルと勘定科目体系をIFRSに合わせたか
- 組替仕訳か複数帳簿か、差異調整の方式を決めたか
- 連結パッケージで注記データまで集められるか
- IFRS第1号の免除規定の使い方を決めたか
- 子会社の決算期の統一方針を決めたか
- 連結上の差異に税効果を計上する手順があるか
- 監査法人と重要な論点を文書で協議したか
まとめ
- IFRSは要件を満たした会社が連結財務諸表に任意で適用でき、単体は日本基準のまま
- 適用会社は2026年9月末で適用済303社・適用決定14社の合計317社(JPX)
- 日本基準との差は、のれん・開発費・有給休暇・減損・表示などで大きい
- 導入は影響度調査から本番まで2〜3年程度。IFRS第1号の免除規定と並行決算を計画に入れる
- 差異調整の方式、子会社の決算期、税効果、監査法人との協議を早めに固める
まずは自社の連結で、のれん・開発費・有給休暇の金額がどれくらいあるかを集計するところから始めてみてください。
IFRS導入は数年がかりですが、日本基準も新リース会計基準などでIFRSに近づいています。今の決算を整えることが、そのまま準備になります。








