決算短信が終わってほっとしたのもつかの間、次は有価証券報告書(有報)の作成が待っています。ページ数が多く、関わる部署も多いので「どこから手をつければいいのか」と悩む方も多いのではないでしょうか。
この記事では、上場企業で経理と会計システムに関わってきた私の目線で、有価証券報告書の基本と作成実務を整理します。特に、構成と担当部署、近年の改正、3月決算のスケジュールとチェックのコツが中心です。
有報は「前期の有報をベースに、差分を管理して作る」のが基本です。全体像をつかめば、毎年の作業がぐっと楽になりますよ。
- 有価証券報告書の根拠法・提出義務・提出期限
- 第一部・第二部の構成と主な項目の担当部署
- 決算短信・会社法の計算書類との違い
- サステナビリティ・人的資本・総会前開示などの改正
- 3月決算の作成スケジュール、チェック方法とよくあるミス
有価証券報告書とは?根拠法・提出義務・提出期限


金融商品取引法24条に基づく継続開示書類
有価証券報告書は、金融商品取引法24条に基づいて事業年度ごとに提出する継続開示書類です。会社の事業の内容、ガバナンス、財務諸表などを投資家に開示する、最も情報量の多い法定開示書類といえます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 根拠法 | 金融商品取引法24条1項、企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)の第三号様式 |
| 主な提出義務者 | 上場会社、募集・売出しで有価証券届出書を提出した会社、株主数などの外形基準に該当する会社 |
| 提出期限 | 事業年度経過後3か月以内(やむを得ない理由があれば承認を受けて延長可) |
| 提出方法 | EDINET(金融庁の電子開示システム)で提出し、公衆縦覧される |
| 監査 | 財務諸表は公認会計士・監査法人の監査証明が必要 |
3月決算会社なら、期限は6月30日です。実際には定時株主総会の前後に提出する会社が大半で、内部統制報告書や確認書もあわせて提出します。
虚偽記載の責任は重い
重要な事項に虚偽の記載がある有報を提出すると、刑事罰や課徴金の対象になります。主な規定の概要は次のとおりです。
| 区分 | 概要(金融商品取引法) |
|---|---|
| 刑事罰(個人) | 10年以下の拘禁刑もしくは1,000万円以下の罰金、またはその併科(197条) |
| 刑事罰(法人) | 7億円以下の罰金(207条の両罰規定) |
| 課徴金 | 600万円と、株式の市場価額の総額×10万分の6のいずれか大きい額(172条の4) |
訂正や課徴金は「他人事」ではない
金融庁は有報の虚偽記載に対する課徴金納付命令を毎年のように公表しています。上の表は概要なので、個別の判断は条文や専門家で確認してください。数字の誤りに気づいたら、訂正報告書の提出を速やかに検討しましょう。
罰則の話は怖く感じますが、日々の突合とレビューを丁寧に積み上げることが一番の予防策です。


有価証券報告書の構成|主な項目と担当部署


第一部 企業情報と第二部 保証会社等の情報
有報の様式は開示府令の第三号様式です。中心となるのは第一部の企業情報で、第二部は保証会社等がある場合に記載します。
| 区分 | 主な記載内容 |
|---|---|
| 第1 企業の概況 | 主要な経営指標等の推移、沿革、事業の内容、関係会社の状況 |
| 第2 事業の状況 | 経営方針・対処すべき課題、サステナビリティ、事業等のリスク、経営者による分析(MD&A) |
| 第3 設備の状況 | 設備投資等の概要、主要な設備の状況、設備の新設・除却等の計画 |
| 第4 提出会社の状況 | 株式等の状況、自己株式の取得等の状況、配当政策、コーポレート・ガバナンスの状況等 |
| 第5 経理の状況 | 連結財務諸表等、財務諸表等(注記・附属明細表を含む) |
| 第6・第7 | 株式事務の概要、参考情報(提出書類の一覧) |
| 第二部 | 提出会社の保証会社等の情報(該当がなければ「該当事項なし」) |
主な項目の担当部署と作成のポイント
経理だけで全部を書くわけではありません。原稿は各部署から集め、経理(開示担当)が全体を取りまとめる形が一般的です。
| 主な項目 | 主な担当部署(例) | 作成のポイント |
|---|---|---|
| 主要な経営指標等の推移 | 経理 | 5期分の数値を前期有報・財務諸表と突合 |
| 事業等のリスク・MD&A | 経営企画、経理 | 決算説明資料や短信の説明と矛盾させない |
| サステナビリティ・人的資本 | サステナビリティ推進、人事 | 指標の集計範囲と算定方法を明記 |
| 設備の状況 | 経理、各事業部 | 固定資産台帳と金額・帳簿価額を合わせる |
| 株式等の状況・大株主 | 総務(株式担当) | 株主名簿管理人のデータと基準日をそろえる |
| コーポレート・ガバナンス、役員報酬 | 法務、総務、人事 | 招集通知・CG報告書と記載を整合 |
| 経理の状況(財務諸表・注記) | 経理 | 計算書類・短信と数値を一致させ、有報特有の注記を追加 |
原稿の締切は逆算で決める
各部署への依頼は、提出日から逆算して締切を設定します。前期の原稿と変更点のメモを一緒に渡すと、回答の質がそろいやすくなります。
担当部署の表を毎年更新しておくと、異動があっても依頼先で迷いません。
決算短信・会社法の計算書類との違い


3つの書類の比較
決算期には、決算短信(取引所規則)、計算書類・事業報告(会社法)、有報(金融商品取引法)の3つを作ります。同じ決算数値を使いますが、目的やルールが違います。
| 項目 | 決算短信 | 計算書類・事業報告 | 有価証券報告書 |
|---|---|---|---|
| 根拠 | 東証の適時開示規則 | 会社法 | 金融商品取引法 |
| 期限(3月決算) | 期末後45日以内が適当(30日以内がより望ましい) | 総会の招集通知とともに株主へ提供 | 事業年度経過後3か月以内(6月30日) |
| 監査 | 監査は不要 | 会計監査人・監査役等の監査 | 監査法人等の監査証明 |
| 記載内容 | サマリー情報、経営成績等の概況、財務諸表と主な注記 | 事業報告、貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表 | 企業情報全般、連結・個別財務諸表、詳細な注記、附属明細表 |
| 開示先 | TDnet | 株主(電子提供制度) | EDINET |
数字はひとつ、表現は書類ごと
3つの書類で数値が食い違うと、訂正が必要になります。有報は短信・計算書類と同じ決算数値から作り、表示科目や単位の違いだけを調整するのが基本です。会社法の事業報告と有報を一体の書類として開示する「一体開示」に取り組む会社もあります。
短信で開示した数値は、有報でも同じでなければなりません。短信の段階で数字を固めきることが、有報を楽にする近道です。


近年の主な改正|サステナビリティ・人的資本・総会前開示


改正の流れを年表で確認
| 時期 | 主な改正・要請 | 実務への影響 |
|---|---|---|
| 2023年3月期〜 | 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄を新設、女性管理職比率・男性育休取得率・男女間賃金格差を開示 | サステナビリティ部門・人事との連携が必須に |
| 2024年4月〜 | 四半期報告書を廃止し、半期報告書に一本化 | 第1・第3四半期は決算短信で開示 |
| 2025年3月 | 金融担当大臣が全上場会社に有報の総会前開示を要請 | 提出日を総会前に前倒し |
| 2026年3月期〜 | 人材戦略・従業員給与等の決定方針・平均給与の対前年比増減率を追加、総会前開示時の決議事項の記載を簡素化 | 「従業員の状況」は第4 提出会社の状況へ移動 |
| 2027年3月期〜 | プライム市場の大規模会社からSSBJ基準によるサステナビリティ開示を段階的に義務化 | 対象会社は基準対応と体制整備が必要 |
SSBJ基準の適用スケジュール
2026年2月20日に公布・施行された改正開示府令で、東証プライム市場の上場会社のうち平均時価総額が一定以上の会社に、SSBJ基準に従ったサステナビリティ情報の記載が義務付けられました。
| 平均時価総額 | 適用開始(3月決算の場合) |
|---|---|
| 3兆円以上 | 2027年3月31日以後に終了する事業年度(2027年3月期) |
| 1兆円以上 | 2028年3月31日以後に終了する事業年度(2028年3月期) |
平均時価総額は、原則として前事業年度末以前5事業年度の各末日の時価総額の平均で判定します。適用初年度とその翌年度は、SSBJ基準の記載を翌期の半期報告書の提出期限までの訂正報告書で行う「二段階開示」も認められています。
対象外の会社も改正のチェックは必要
- SSBJ基準の対象が今後広がるかは、金融庁の公表を確認する
- 第三者保証の導入時期や範囲は検討段階のため、確定情報を待つ
- 人的資本の新しい記載項目は、2026年3月期からすでに適用されている
- 様式の項目の位置が変わるため、前期の有報をそのまま使わない
総会前開示の広がり
金融庁の集計では、2026年3月期に総会前に有報を開示した3月決算会社は88.3%(前期57.7%)、プライム市場では94.3%でした。要請文では、本来は株主総会の3週間以上前の提出が最も望ましいとされています。
総会前開示が当たり前になりつつあります。提出日が早まる前提で、スケジュールを組み直しておくと安心です。
有報作成のスケジュールと流れ5ステップ


3月決算会社のスケジュール例
6月下旬に定時株主総会を開き、その前に有報を提出する場合のスケジュール例です。実際の日程は会社や監査法人との調整で決まります。
| 時期 | 主な作業 |
|---|---|
| 4月上旬〜中旬 | 前期有報をベースに当期のひな形を作成、各部署へ原稿依頼 |
| 4月下旬〜5月中旬 | 決算短信の開示(期末後45日以内)、計算書類の作成 |
| 5月中旬〜下旬 | 経理の状況(財務諸表・注記)を作成、各部署の原稿を回収 |
| 5月下旬〜6月上旬 | 監査法人のレビュー、XBRLの作成とEDINETでのテスト提出、招集通知の発送 |
| 6月中旬〜下旬 | 最終チェック、社内承認を経てEDINETで提出(総会前) |
有報作成の流れ5ステップ
前期の有報を複製し、改正項目と当期の変更点を洗い出して差分管理表を作ります。
担当部署ごとに前期原稿と締切を伝え、記述情報やデータの更新を依頼します。
決算短信・計算書類と同じ数値で財務諸表と注記を作り、有報特有の注記を追加します。
数値の突合と開示チェックリストでの確認を行い、監査法人のコメントを反映します。
XBRLを作成してEDINETでテスト提出し、エラーを解消してから本提出します。
多くの会社は、印刷会社などが提供する開示書類作成支援システムを使います。前期データの引継ぎや数値の自動連携、XBRLの作成まで対応しているものが一般的です。
差分管理表を作っておく
項目ごとに「前期からの変更点・担当者・確認状況」を一覧にすると、レビューの漏れが減ります。監査法人とのやり取りの記録にも使えます。
EDINETのテスト提出は早めに済ませましょう。XBRLのエラーは直前に出ると焦ります。
経理の実務ポイントとよくあるミス


数値チェックの基本
有報のチェックで一番大事なのは数値の整合性です。財務諸表の数値を、計算書類・決算短信と突合します。注記の数字は本表や附属明細表と合っているか、主要な経営指標等の推移は過去の有報と一致しているかも確認します。
文章部分も、前期比較で増減の説明が数値と合っているかを見ます。「増加」と書いてあるのに数値が減っている、という誤りは意外と多いものです。
よくあるミスと対策
| よくあるミス | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 書類間の数値不一致 | 短信・計算書類と有報で数値が違う | 数値は同じ元データから作り、最終版で再突合 |
| 単位・端数処理の誤り | 百万円未満の切捨て・四捨五入が混在する | 会社の方針を決め、表ごとに単位を確認 |
| 前期数値の組替え漏れ | 表示方法の変更が前期欄に反映されない | 組替えの有無を差分管理表でチェック |
| 表記ゆれ | 同じ用語や社名の表記が箇所ごとに違う | 用語集を作り、検索機能で一括確認 |
| 改正対応の漏れ | 新しい記載項目が抜ける | 金融庁の改正情報と開示チェックリストで確認 |
決算日後から提出日までに起きた重要な事象は、後発事象として注記が必要になる場合があります。提出日の直前まで情報を集めましょう。


提出前の最終チェックリスト
- 財務諸表の数値が計算書類・決算短信と一致しているか
- 注記の数字が本表・附属明細表と一致しているか
- 主要な経営指標等の推移が過去の有報と一致しているか
- 単位・端数処理・表記が統一されているか
- 当期の改正項目をすべて反映したか
- 後発事象を提出日直前まで確認したか
チェックは「数字を見る人」と「文章を読む人」を分けると、見落としがぐっと減ります。
まとめ
- 有報は金融商品取引法24条に基づく継続開示書類で、期限は事業年度経過後3か月以内(3月決算なら6月30日)
- 第一部 企業情報が中心で、各部署の原稿を経理(開示担当)が取りまとめる
- 決算短信・計算書類と同じ決算数値を使い、書類間の整合を必ず確認する
- 人的資本の追加項目は2026年3月期から、SSBJ基準は平均時価総額3兆円以上の会社から2027年3月期に適用
- 前期有報をベースに差分管理し、突合とチェックリストでミスを防ぐ
まずは前期の有報を開いて、当期の改正項目と変更点を書き出すところから始めてみてください。
有報は毎年の積み重ねで確実にうまくなります。差分管理とチェックの型を作って、来期は余裕をもって提出しましょう。







