「減価償却費は現金が出ていかないのに、なぜキャッシュ・フローの計算に出てくるの?」。簿記1級の設備投資の意思決定で、多くの受験生がつまずく点です。
今回は、簿記1級の設備投資の意思決定で問われるタックスシールドを、計算例と実務を交えて解説します。法人税を考慮した税引後キャッシュ・フローの2つの計算式、正味現在価値(NPV)の数値例、設備の売却や取替投資の論点、実務での使い方まで整理しました。
タックスシールドは「減価償却費そのもの」ではなく「減価償却費で減った法人税」です。ここを押さえると、計算の迷いがなくなります。
- タックスシールドの意味と、税引後キャッシュ・フローの2つの計算式
- 簿記1級の出題範囲と、設備投資の5つの評価方法
- タックスシールドを入れた場合と忘れた場合の正味現在価値の違い
- 設備の売却損益の税効果、取替投資、運転資本、赤字の扱い
- 実務の投資採算で使う税率・償却方法・特別償却の考え方
タックスシールドとは?減価償却費が法人税を減らすしくみ


タックスシールドとは、減価償却費のように現金の支出をともなわない費用が損金になることで、法人税が減る効果のことです。タックスシールド=減価償却費×税率で計算します。
減価償却費は毎年の現金は出ていきませんが、費用として利益を減らすため、その分だけ法人税の支払いが減ります。この「減った税金」が、キャッシュ・フローを増やします。
税引後キャッシュ・フロー(CF)は、次の2つの式で計算できます。どちらで計算しても結果は同じです。
| 項目 | ①税引後営業利益+減価償却費 | ②税引後の現金収支+タックスシールド |
|---|---|---|
| 現金収入−現金支出 | 300 | 300 |
| 減価償却費 | 200 | ― |
| 営業利益 | 100 | ― |
| 法人税(30%) | 30 | ― |
| 税引後営業利益/税引後の現金収支 | 70 | 300×(1−0.3)=210 |
| 加算する金額 | 減価償却費200 | タックスシールド200×0.3=60 |
| 税引後CF | 270 | 270 |
仮の数値(単位:万円)で、現金収支300万円、減価償却費200万円、税率30%の場合です。①は会計上の利益から出発して、現金の出ない減価償却費を足し戻す方法、②は現金収支と税金の節約を分けて考える方法です。
試験では②の式が使いやすい
②の式は「税引後の現金収支」と「タックスシールド」を分けて計算するため、売却損益や取替投資の差額CFでも符号を間違えにくくなります。検算には①の式が便利です。
簿記1級の設備投資の意思決定|出題範囲と5つの評価方法


日本商工会議所の出題区分表では、設備投資の意思決定は工業簿記・原価計算の1級の範囲です。「差額原価収益分析」の構造的意思決定の分析として、資本予算の意義と分類、設備投資の意思決定モデル、設備投資のキャッシュ・フロー予測、資本コストと資本配分が並んでいます。
試験で使う主な評価方法は次の5つです。数値は次のH2で使う設例(投資額1,000万円、税引後CF270万円×5年、資本コスト6%)の結果です。
| 評価方法 | 考え方 | 設例の結果 |
|---|---|---|
| 正味現在価値法(NPV) | CFの現在価値の合計−投資額。プラスなら採用 | 137.3万円 |
| 内部利益率法(IRR) | NPVがゼロになる割引率。資本コストを上回れば採用 | 約10.9% |
| 収益性指数法 | CFの現在価値の合計÷投資額。1を上回れば採用 | 1.14 |
| 回収期間法 | 投資額を何年で回収できるか。時間価値を考えない | 約3.7年 |
| 会計的利益率法 | 税引後利益÷投資額。時間価値を考えない | 7.0% |
正味現在価値法と内部利益率法はお金の時間価値を考える方法です。会計的利益率法は平均投資額で割る方法もあるため、問題文の指示に従います。
簿記1級の原価計算の全体像や、意思決定の基礎になるCVP分析は、次の記事で解説しています。




試験では「税引後CF→現価係数→NPV」の流れが最も多く出ます。まずはNPVの計算を確実にしてから、IRRや回収期間に広げると効率的です。
タックスシールドの計算例|正味現在価値(NPV)を数値で確認


仮の数値で、法人税を考慮した正味現在価値を計算します(単位:万円)。
- 設備の取得原価1,000万円、耐用年数5年、残存価額0、定額法(減価償却費は毎年200万円)
- 毎年の現金収入−現金支出は300万円
- 法人税率30%、税金は各年度末に支払うと仮定
- 資本コスト6%、現価係数は小数第4位までに丸めた値を使用
| 年度 | 税引後の現金収支 | タックスシールド | 税引後CF | 現価係数 | 現在価値 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1年目 | 210 | 60 | 270 | 0.9434 | 254.718 |
| 2年目 | 210 | 60 | 270 | 0.8900 | 240.300 |
| 3年目 | 210 | 60 | 270 | 0.8396 | 226.692 |
| 4年目 | 210 | 60 | 270 | 0.7921 | 213.867 |
| 5年目 | 210 | 60 | 270 | 0.7473 | 201.771 |
| 合計 | 1,050 | 300 | 1,350 | 4.2124 | 1,137.348 |
現在価値の合計1,137.348万円から投資額1,000万円を引くと、正味現在価値は137.348万円(約137.3万円)のプラスです。この投資は採用と判断します。
では、タックスシールドを忘れて、税引後の現金収支210万円だけで計算するとどうなるでしょうか。
| 計算のしかた | 毎年のCF | 正味現在価値 | 判断 |
|---|---|---|---|
| 正しい計算(タックスシールドあり) | 270 | 137.3 | 採用 |
| タックスシールドを忘れた計算 | 210 | −115.4 | 不採用 |
| 税金を無視した計算(税引前) | 300 | 263.7 | 採用 |
タックスシールドの現在価値は60万円×4.2124=252.744万円です。忘れると正味現在価値が約252.7万円も小さくなり、判断が逆転します。税金を無視すると、反対に投資の価値を過大に見積もります。
現価係数の丸め方は問題文に合わせる
試験では、問題文に現価係数や年金現価係数が与えられます。自分で計算した係数では端数が合わないため、与えられた係数を使いましょう。毎年のCFが同じなら年金現価係数(4.2124)を掛けるだけです。
NPVの符号が変わるほど、タックスシールドの影響は大きいです。税引前の数字だけで判断していないか、まず確認しましょう。
試験の典型論点|設備の売却・取替投資・運転資本・赤字の扱い


設備を売却する問題では、売却価額だけでなく、売却損益にかかる税金の影響も考えます。売却損なら法人税が減り、売却益なら法人税が増えます。
| ケース(税率30%) | 売却価額 | 売却損益 | 税金への影響 | 税引後の売却CF |
|---|---|---|---|---|
| 旧設備(簿価300)を200で売却 | 200 | 売却損100 | 30減る | 230 |
| 旧設備(簿価300)を300で売却 | 300 | 0 | なし | 300 |
| 旧設備(簿価300)を350で売却 | 350 | 売却益50 | 15増える | 335 |
| 前の設例の設備(簿価0)を5年目末に50で売却 | 50 | 売却益50 | 15増える | 35 |
税引後の売却CFは売却価額−売却益×税率、または売却価額+売却損×税率で計算します。前の設例で5年目末に50万円で売却できる場合、35万円×0.7473=26.1555万円が加わり、正味現在価値は約163.5万円になります。
取替投資は「差額CF」で考える
取替投資では、新設備のCFから旧設備を使い続けた場合のCFを引いた差額で判断します。新旧の減価償却費の差額に税率を掛け、旧設備の税引後の売却CFは投資額から差し引きます。
| 論点 | 試験での一般的な扱い |
|---|---|
| 運転資本 | 投資の開始時に支出し、最終年度末に全額回収する。税金はかからない |
| 法人税の支払時期 | 問題文に指示がなければ、所得が発生した年度に支払うと仮定する |
| 赤字(損失)が出る年度 | 会社全体では黒字と仮定し、他の利益と相殺して節税効果を認める |
| 耐用年数途中の売却 | 売却時の簿価(取得原価−減価償却累計額)と売却価額の差が売却損益 |
| 残存価額 | 最終年度の簿価として、売却価額との差額に税効果を計算する |
売却損益の税効果は符号に注意
売却損はキャッシュ・フローを「増やす」方向、売却益は「減らす」方向に働きます。売却損は損金になって税金が減るため、税引後の売却CFは売却価額より大きくなります。
取替投資は「旧設備を売ったお金」と「旧設備の減価償却費がなくなる分」の両方を差額に入れるのがポイントです。
実務の投資採算で使うタックスシールド|税率・償却方法・特別償却


実務の稟議書や投資採算表でも考え方は同じですが、前提は与えられないため、次の点を自社の条件で決めます。
| 項目 | 実務での考え方 |
|---|---|
| 税率 | 国・地方の法人実効税率を使うことが多い。財務省の資料では29.74%、防衛特別法人税の対象なら30.64% |
| 償却方法 | 税務上の償却方法で計算。機械装置の法定償却方法は定率法、2016年4月1日以後に取得した建物附属設備・構築物は定額法 |
| 耐用年数 | タックスシールドは税務上の耐用年数で計算。会計上の耐用年数と違う場合は分けて管理 |
| 割引率 | WACC(加重平均資本コスト)など、社内で決めたハードルレートを使う |
| 赤字・繰越欠損金 | 課税所得が出ない期間は、タックスシールドの効果が後ろにずれる |
法人実効税率は資本金の規模(外形標準課税の有無、中小法人の軽減税率)や所在地で変わります。投資採算では、自社の税務担当と使う税率をそろえておきましょう。
定率法や特別償却・即時償却を使うと、減価償却費が前倒しになり、タックスシールドの合計額は変わらなくても、受け取る時期が早まるため現在価値が増えます。設例の1,000万円を1年目に全額損金にした場合と比べます。
| 償却のしかた | タックスシールドの合計 | タックスシールドの現在価値 |
|---|---|---|
| 定額法(毎年200×30%) | 300 | 252.744 |
| 即時償却(1年目に1,000×30%) | 300 | 283.020 |
即時償却なら現在価値は約30.3万円増えます。中小企業向けには、中小企業経営強化税制(2027年3月31日までに取得等した一定の設備が対象)のように、即時償却または税額控除を選べる制度があります。要件や期限は改正が多いため、最新情報を確認してから採算に織り込みます。
ただし、赤字や繰越欠損金がある会社では、課税所得が出るまでタックスシールドは当面効きません。少額資産の処理や節税目的の設備投資の注意点は、次の記事で解説しています。


割引率とExcel関数の注意点
割引率にWACCを使う場合、負債コストは支払利息が損金になる分を引いた税引後の値を使います。株主資本コスト8%・構成比60%、負債コスト2%・構成比40%なら、WACCは8%×60%+2%×(1−30%)×40%=5.36%です。支払利息の節税効果は割引率に反映済みなので、CFに支払利息を入れないようにします。
ExcelのNPV関数は、範囲の1つ目の値から1期分割り引きます。そのため「=NPV(割引率, 1年目〜5年目のCF)−初期投資」のように、0年目の初期投資は関数の外で引きます。IRR関数は0年目の初期投資を含めて指定します。
投資採算表のチェックリスト
- 税率は税務担当と同じ実効税率を使っているか
- 減価償却費は税務上の償却方法・耐用年数で計算しているか
- 割引率とCFの税引前・税引後がそろっているか
- 売却・除却時の損益と、その税効果を入れているか
- 赤字・繰越欠損金の期間にタックスシールドを入れすぎていないか
実務では、会計上の耐用年数で減価償却費を出してタックスシールドを計算しているケースがよく見られます。税金の計算は税務上の数字で、という点を最初に確認しておくと安心です。
設備投資の意思決定の解き方5ステップとよくあるミス


設備投資の問題は、次の5ステップで解くと読み落としを防げます。
設備の取得原価、運転資本の投入額、取替投資なら旧設備の税引後の売却CFを0年目にまとめます。
現金収入−現金支出に(1−税率)を掛けます。減価償却費はここに入れません。
各年度の減価償却費×税率を足して、税引後CFを完成させます。
残存価額や売却価額と簿価の差から売却損益の税効果を計算し、運転資本の回収額も加えます。
各年度のCFに現価係数を掛けて合計し、初期投資を引いてプラスなら採用と判断します。
よくあるミスと対策です。
| よくあるミス | 対策 |
|---|---|
| 減価償却費そのものをCFに入れてしまう | CFに入るのは減価償却費×税率のタックスシールドだけ |
| タックスシールドを忘れる | STEP3を独立した行にして、毎年度チェックする |
| 売却損益の税効果の符号を逆にする | 売却損は節税でCFが増え、売却益は税負担でCFが減る |
| 会計と税務の耐用年数を混同する | 問題文の指示を確認。実務では税務上の耐用年数で計算 |
| 割引率とCFの税引前・税引後が合っていない | 税引後CFには税引後の資本コストを使う |
迷ったら「現金が動くか」で判断する
減価償却費は現金が動かないためCFに入らず、法人税は現金が動くためCFに入ります。「お金が出入りするか、税金が増減するか」の2点で考えると整理できます。
下書きに「税引後の現金収支」「タックスシールド」「売却・回収」の3行の表を作ると、計算が崩れにくくなります。
まとめ
- タックスシールドは減価償却費などが損金になることで減る法人税で、減価償却費×税率で計算する
- 税引後CFは「税引後営業利益+減価償却費」でも「税引後の現金収支+タックスシールド」でも同じになる
- 設例ではタックスシールドを忘れると正味現在価値が約252.7万円小さくなり、判断が逆転する
- 売却損は節税、売却益は税負担として税引後の売却CFに反映する
- 実務では実効税率・税務上の償却方法・割引率の税引後をそろえ、赤字や繰越欠損金の影響も確認する
内容は2026年10月時点の商工会議所簿記検定試験出題区分表、国税庁タックスアンサー、財務省の資料などをもとにしています。数値例はすべて仮の数値です。
タックスシールドは試験でも実務でも使う考え方です。数値例を一度自分で計算してみましょう。
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