「会計システムを新しくしたのに、月次決算の日数がほとんど変わらない」「RPAを入れたけれど、結局だれも使っていない」。経理のDXに取り組むと、こうした声をよく聞きます。原因の多くは、ツールそのものではなく、今の業務をそのままデジタルに置き換えたことにあります。
この記事では、上場企業の経理として会計システムにも関わってきた私の目線で、業務改善を先にやってからDXを当てる進め方を整理します。業務の棚卸し、業務フローの可視化、ECRSによる改善、ツール選び、効果測定までを、数値の例を使って順番に解説します。
DXは「ツールを入れること」ではなく「仕事のやり方を変えること」です。先に仕事を軽くしておくと、ツールの効果がはっきり出ますよ。
- 経理の業務改善を「改善→DX」の順番で進める理由
- 業務一覧表と業務フローで現状を見える化する方法
- ECRSの適用例と業務別の「改善→DX」早見表
- 優先順位マトリクスと月次決算を短くした数値例
- 効果測定のKPI・社内の巻き込み方・チェックリスト
経理の業務改善はDXの前に!「改善→DX」の順番で進める理由


ムダな作業を自動化しても、ムダは残る
今の手順をそのままシステムに載せると、不要な承認や二重チェックまで自動化されてしまいます。たとえば、だれも見ていない管理表を毎月つくる作業は、RPAで速くするより、やめるほうが効果は大きいはずです。
また、手順が人によって違うままツールを入れると、例外処理が増えて設定が複雑になります。結果として「システムが使いにくい」と言われ、Excelでの手作業に戻ってしまうケースも少なくありません。
全体は5つのステップで進める
この記事で紹介する進め方の全体像です。ステップ1〜3が業務改善、ステップ4〜5がDXにあたります。
日次・月次・年次の業務を一覧表にし、頻度・工数・担当・ミスの件数を書き出します。
時間がかかっている業務について、だれが何をどの順番で行うかを図や表にします。
排除・結合・入替・簡素化の順に、やめる作業とまとめる作業を決めます。
改善後の業務に合わせて、自動仕訳や請求書受領サービスなどを選びます。
決算日数や手入力件数などのKPIを導入前後で比べ、次の改善につなげます。
システム導入でよくある失敗は、別の記事でもまとめています。今回は「導入の前」にやることが中心です。


手順1 業務の棚卸し|業務一覧表で頻度・工数・ミスを見える化


業務一覧表に書く項目
まずは経理の業務を、作業の単位まで細かく書き出します。「月次決算」のような大きなくくりではなく、「請求書の入力」「銀行明細の照合」のように、だれが何をするか分かる粒度にするのがコツです。
項目は、頻度・1回の工数・月の工数・担当・ミスや差し戻しの件数の5つがあれば十分です。月の工数は「件数×1件の時間」で計算し、ざっくりでかまいません。次の表は、従業員300名ほどの会社を想定した仮の例です。
| 業務 | 頻度・件数 | 1件の工数 | 月の工数 | 担当 | 差し戻し・ミス |
|---|---|---|---|---|---|
| 請求書の受領・入力 | 毎日・月600件 | 6分 | 60時間 | A・B | 20件 |
| 経費精算のチェック・入力 | 毎日・月300件 | 4分 | 20時間 | C | 10件 |
| 銀行明細の入力・照合 | 毎日・月400件 | 3分 | 20時間 | B | 3件 |
| 支払データの作成 | 月4回 | 90分 | 6時間 | A | 1件 |
| 月次報告資料の作成 | 月1回 | 8時間 | 8時間 | リーダー | - |
この例では、5つの業務だけで月114時間かかっています。そのうち請求書の処理が60時間と半分以上を占めることが、一覧にして初めて見えてきます。
棚卸しで見るべき3つのポイント
一覧表のここに注目する
- 月の工数が大きい業務(件数が多いか、1回が重いか)
- 差し戻しやミスが多い業務(入力ルールや前工程に原因があることが多い)
- 1人しかできない業務(属人化していて、休むと止まる)
工数は、担当者に1週間ほど作業時間をメモしてもらうと精度が上がります。正確さよりも、全員が同じ基準で書くことを優先しましょう。
棚卸しをすると「この作業、何のためにやっているんだっけ?」という業務が必ず出てきます。それが改善のいちばんの種です。
手順2 業務フローの可視化|時間がかかる原因を工程ごとに洗い出す


工数の大きい業務から業務フローを書く
棚卸しで工数が大きかった業務について、業務フローを書きます。経理部の中だけでなく、請求書を受け取る現場の部門や承認者まで含めて、前後の工程を並べるのがポイントです。
専用のツールは必要ありません。最初はExcelやホワイトボードで、担当者ごとに列を分けて作業を左から右へ並べるだけで十分です。
業務フローを書くときのコツ
- 開始と終了をはっきりさせる(例:請求書が届いてから、支払データに載るまで)
- 担当者ごとに分けて書き、部門をまたぐ受け渡しを見えるようにする
- 作業の時間だけでなく、承認待ちや回付の「待ち時間」も書く
- 差し戻しややり直しが起きる場所に印を付ける
- 例外の処理は本線と分けて、件数と一緒にメモしておく
次の表は、請求書処理の現状を工程ごとに書き出した例です。右端の列に、書き出して初めて気づいた問題を並べています。
| 順番 | 担当 | 作業 | 見えてきた問題 |
|---|---|---|---|
| 1 | 各部門 | 紙・PDFで請求書を受け取る | 受け取り方がばらばら |
| 2 | 部門長 | 紙に押印して承認する | 出張中だと数日止まる |
| 3 | 各部門 | 社内便で経理に回す | 月末に集中して届く |
| 4 | 経理 | 会計システムに手入力する | 科目の判断が人によって違う |
| 5 | 経理 | 原本と入力内容を照合する | 入力と照合で二重の手間 |
| 6 | 経理 | 紙をファイルに綴じる | PDFで来たものまで印刷している |
フローから問題を見つける3つの視点
書き上げたフローは、待ち・二重作業・判断のばらつきの3つの視点で見ていきます。
- 待ち:承認や回付で作業が止まっている工程(例の2・3)
- 二重作業:同じ情報を2回入力したり、照合したりしている工程(例の4・5)
- 判断のばらつき:人によって処理が変わる工程(例の4の勘定科目)
この3つに当てはまる工程が、次の手順3で見直す対象になります。問題を書き出すだけで終わらせず、どの工程の問題かを番号でひも付けておくと、改善の打ち手につなげやすくなります。
フローを書いてみると、経理の手入力よりも「経理に届くまで」の待ち時間が長いことがよくあります。前工程まで含めて書くのが大事です。
手順3 ECRSで業務を改善する|排除・結合・入替・簡素化の適用例


ECRSは「やめる」から順番に考える
可視化した問題は、ECRS(排除・結合・入替・簡素化)の順番で見直します。いきなり簡素化から始めると、本来やめるべき作業を効率よく続けることになるので、まず「やめられないか」から考えます。
| 原則 | 問いかけ | 経理での適用例 |
|---|---|---|
| E 排除 | その作業はやめられないか | 毎月同額の家賃・リースは請求書ではなく契約マスタで自動計上する |
| C 結合 | まとめられないか | 部門ごとの承認と経理への回付を1つのワークフローにする |
| R 入替 | 順番や担当を変えられないか | 請求書の入力を月末まとめてではなく、受け取った日に行う |
| S 簡素化 | もっと単純にできないか | 取引先ごとに勘定科目と税区分を決めて、判断を不要にする |
フローの問題にECRSを当てはめる
手順2で見つけた問題に、ECRSを1つずつ当てはめていきます。
- 待ち(工程2・3):紙の押印と社内便をやめ、承認と回付を1つのワークフローにまとめる(排除・結合)
- 二重作業(工程4・5):毎月同額の請求書は入力そのものをなくし、原本との照合は金額の大きいものに絞る(排除・簡素化)
- 判断のばらつき(工程4):取引先ごとの科目・税区分ルール表をつくり、だれが入力しても同じ結果にする(簡素化)
- 月末集中(工程3):受け取った日に入力する流れに変え、締め日の作業量をならす(入替)
ここまでは、ツールを入れなくても始められる改善です。ルール表や承認の流れが決まっていると、次の手順4でツールを選ぶときに、設定する内容がそのまま決まります。
「やめる」は必ず関係者に確認する
管理表や承認を排除するときは、その資料を使っている人や、内部統制上の位置づけを確認しましょう。監査で見られている統制を勝手に外すと、あとで問題になります。やめる理由と代わりの確認方法を記録に残しておくと安心です。
ECRSは、会議室でみんなでフロー図を見ながら「これ、やめられない?」と聞いていくのがいちばん早いです。
手順4 改善したうえでツールを選ぶ|業務別の早見表と生成AIの使いどころ


業務別「改善→DX」早見表
ツールは、改善後の業務に合うものを選ぶのが基本です。業務ごとに、先にやる改善とそのあとに当てるDXを整理すると次のようになります。
| 業務 | 先にやる改善 | そのあと当てるDX |
|---|---|---|
| 請求書の受領 | 受け取り窓口を1つにし、取引先ごとの科目を決める | 請求書受領サービス、AI-OCR |
| 経費精算 | 規程の上限や必要書類をシンプルにする | 経費精算システム、法人カード連携 |
| 銀行の入出金 | 振込名義と取引先の対応表をつくる | 銀行APIと自動仕訳ルール |
| 売上・入金消込 | 請求番号を振込時に入れてもらうよう依頼する | 消込機能・入金消込サービス |
| 定型の画面操作 | 標準機能やAPI連携で代わりにできないか探す | RPA(最後の手段として) |
| マニュアル・資料 | 手順を1か所に集めて最新版を決める | 生成AIで下書き、共有フォルダで管理 |
RPAは画面の変更で止まりやすく、作った人しか直せない状態になりがちです。まず会計システムの標準機能やAPI連携でできないかを確かめ、それでも残る作業に絞って使いましょう。
生成AIの使いどころと限界
生成AIは、経理でも文章や表のたたき台づくりに向いています。一方で、数字の正しさや税務の判断を任せるのは危険です。
| 使いどころ | 使い方の例 | 注意点 |
|---|---|---|
| 仕訳ルールの下書き | 取引の例を挙げて、勘定科目の判定表の案を作ってもらう | 社内ルールと会計方針で必ず見直す |
| マニュアル作成 | 作業メモを渡して、手順書の形に整えてもらう | 画面名や手順は実物で確認する |
| Excel関数 | やりたいことを伝えて、関数や式の案を出してもらう | 少ない件数で結果を検算してから使う |
生成AIを使うときのルール
- 取引先名・個人情報・未公表の決算数値などの機密情報は入力しない(会社が認めたツールと設定に限る)
- 出てきた答えは「下書き」と考え、最終確認は必ず人が行う
- 税務や法令の判断は、国税庁の資料や専門家で裏付けを取る
ツール選びの前提として、紙を減らす全体の流れや、会計システムを入れ替える時期の考え方も押さえておくと判断しやすくなります。




優先順位の決め方と月次決算を8営業日→5営業日にした例


効果×難易度のマトリクスで順番を決める
改善の候補が出そろったら、効果(月に減る時間)と難易度(費用・調整の手間)の2つの軸で並べます。全部を一度にやろうとせず、効果が大きくて取り組みやすいものから始めるのがコツです。
| 難易度が低い | 難易度が高い | |
|---|---|---|
| 効果が大きい | すぐやる | 計画して進める |
| 効果が小さい | 今月から小さく | 後回しにする |
先ほどの棚卸しの例で、候補を当てはめると次のようになります。ここでは月10時間以上を「効果が大きい」、難易度は1〜3の3段階で2以下を「低い」としました。
| 打ち手 | 月に減る時間 | 難易度 | 区分 |
|---|---|---|---|
| 銀行APIの自動仕訳ルール | 18時間 | 2 | すぐやる |
| 請求書受領サービス+AI-OCR | 36時間 | 3 | 計画して進める |
| 経費精算システム+法人カード | 15時間 | 3 | 計画して進める |
| 定期請求書を契約マスタで自動計上 | 6時間 | 1 | 今月から小さく |
| 報告資料のテンプレート化 | 4時間 | 1 | 今月から小さく |
| 勘定科目ルール表の整備 | 3時間 | 1 | 今月から小さく |
請求書の処理は、定期の60件を排除して6時間、残りの540件をAI-OCRで1件6分から2分にして36時間減り、月60時間が18時間(70%減)になる計算です。改善とDXを組み合わせると、効果が積み上がるのが分かります。
月次決算を8営業日から5営業日にした例
| 工程 | 改善前 | 改善後 | 主な打ち手 |
|---|---|---|---|
| 請求書の回収・入力 | 2.0日 | 0.5日 | 受け取った日に処理(入替)、AI-OCR |
| 経費精算・カード明細 | 1.0日 | 0.5日 | 締め日の前倒し、カード連携 |
| 銀行明細の入力・照合 | 1.0日 | 0.5日 | 銀行APIの自動仕訳 |
| 決算整理仕訳 | 1.5日 | 1.0日 | 定型仕訳をテンプレート化し月中に準備 |
| 差し戻し・修正 | 0.5日 | 0.5日 | 科目ルールの統一で件数を30件→9件に |
| 試算表チェック | 1.0日 | 1.0日 | 時間を減らさず、分析に充てる |
| 報告資料 | 1.0日 | 1.0日 | テンプレート化で作業を減らし、コメントを充実 |
| 合計 | 8.0日 | 5.0日 | - |
短くするのは「作業」、残すのは「確認」
この例では、入力と照合の日数を大きく減らし、試算表のチェックや報告の日数はあえて残しています。浮いた時間を異常値の分析や経営への説明に使うことで、決算の質も上がります。
「何日短くするか」だけでなく「浮いた時間を何に使うか」まで決めておくと、上司や経営層への説明がぐっと通りやすくなります。
効果測定のKPIと社内を巻き込むコツ・失敗しないチェックリスト


導入前後で比べるKPI
効果測定は、導入前の数字を記録しておくことから始まります。前の数字がないと、効果を説明できません。先ほどの例で、主なKPIを比べると次のとおりです。
| KPI | 改善前 | 改善後 | 測り方 |
|---|---|---|---|
| 月次決算の日数 | 8営業日 | 5営業日 | 締め日から報告までの営業日 |
| 請求書処理の工数 | 月60時間 | 月18時間 | 件数×1件の時間を毎月記録 |
| 手入力件数 | 月1,300件 | 月124件 | 請求書・銀行・経費の手入力行数 |
| 差し戻し件数 | 月30件 | 月9件 | 請求書と経費精算の差し戻し数 |
手入力件数は、請求書のAI-OCR修正54件、銀行の自動仕訳ルール外40件、経費精算の修正30件の合計です。数字は毎月同じ方法で取るようにし、3か月ほど続けて見ると定着したかどうかが分かります。
社内を巻き込むコツ
経理の改善は、請求書を出す現場の部門や承認者の協力がないと進みません。巻き込むときは、次の3つを意識しています。
- 現場の手間が減る点を先に伝える(押印や社内便がなくなる、など)
- 最初は1部門・1業務で試し、うまくいった数字を見せてから広げる
- マニュアルと問い合わせ窓口を用意し、切り替え日をはっきり決める
失敗しないためのチェックリスト
- 業務一覧表で、月の工数と差し戻し件数を把握している
- 業務フローを書き、ECRSで「やめる作業」を先に決めた
- ツールは改善後の業務に合わせて選び、標準機能で足りるか確認した
- 電子取引データの保存やインボイスの税区分など、法令面の設定を確認した
- 導入前のKPIを記録し、導入後も同じ方法で測っている
- マニュアルを作り、1人しかできない作業を残していない
改善は一度で終わりではありません。KPIを見ながら、毎月1つずつ手を入れていくくらいのペースが続けやすいですよ。
まとめ
- 経理のDXは、業務改善を先にやってからツールを当てると効果が出やすい
- 業務一覧表で頻度・工数・担当・ミスを書き出し、工数の大きい業務から業務フローを書く
- ECRSは排除→結合→入替→簡素化の順に考え、やめる作業を先に決める
- ツールは改善後の業務に合わせて選び、優先順位は効果×難易度で決める
- 決算日数・工数・手入力件数・差し戻し件数を導入前後で比べて見直す
まずは今月、経理の業務を一覧表に書き出して、月の工数がいちばん大きい業務を1つ選んでみてください。その業務のフローを書いてECRSを当てるだけでも、次に入れるべきツールがはっきり見えてきます。
小さな改善でも、数字で効果を示せれば次の一歩につながります。ぜひ今月の締めから試してみてください。




