簿記1級の退職給付会計は、勤務費用や利息費用の計算まではできても、過去勤務費用と数理計算上の差異が出てきた途端に手が止まる人が多い論点です。理由がわからないまま暗記すると、符号や償却の開始年度で迷いやすくなります。
この記事では、上場企業で経理をしている私の目線で、遅延認識の理由から逆算してルールを整理し、2年分の数値例で差異が引当金とその他の包括利益にどう残るかを追いかけます。内容は2026年10月時点の基準と出題区分表にもとづいています。
差異は「いつ発生して、いつ費用になり、まだ残っているのはいくらか」の3点を追えば、怖い論点ではなくなりますよ。
- 退職給付費用の構成要素と、退職給付引当金と未認識項目の関係
- 過去勤務費用と数理計算上の差異を遅延認識する理由と償却ルール
- 2年分の数値例で差異の発生・償却・仕訳・引当金の検算を確認する方法
- 個別と連結の違い(退職給付に係る調整累計額と税効果)とボックス図での解き方
簿記1級の退職給付会計の出題範囲と前提知識


出題区分表での位置づけは2027年度も変わらない
2026年度試験に適用される2022年度版の出題区分表では、1級に「退職給付債務の計算」、連結会計に「個別財務諸表の修正(退職給付会計など)」が示されています。


退職給付費用は5つの要素の合計
企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」では、次の5つを退職給付費用として当期純利益の計算に含めます。
| 要素 | 内容 | 計算 |
|---|---|---|
| 勤務費用 | 当期の労働の対価として発生した退職給付 | 年金数理人の計算などで与えられる |
| 利息費用 | 期首の退職給付債務に生じる時の経過分の利息 | 期首退職給付債務×割引率 |
| 期待運用収益(マイナス) | 年金資産の運用で期待される収益 | 期首年金資産×長期期待運用収益率 |
| 数理計算上の差異の費用処理額 | 差異のうち当期に費用にする分 | 発生額÷費用処理年数 |
| 過去勤務費用の費用処理額 | 給付水準の改訂による債務増減のうち当期分 | 発生額÷費用処理年数 |
退職給付引当金と未認識項目の関係
個別財務諸表では、退職給付引当金=退職給付債務-年金資産-未認識の差異です(不利差異の場合)。まだ費用にしていない差異は引当金にも入っていないので、債務と年金資産の差額(積立状況)と引当金がずれます。このずれが未認識数理計算上の差異と未認識過去勤務費用です。
なぜ遅延認識するのか?過去勤務費用と数理計算上の差異のルール


過去勤務費用と数理計算上の差異の発生原因
| 項目 | 発生原因 | 例 |
|---|---|---|
| 過去勤務費用 | 退職給付水準の改訂等による退職給付債務の増減 | 退職金規程の改訂、制度の新規導入 |
| 数理計算上の差異 | 見積りと実績の差、見積数値の変更 | 運用成績が期待を下回った、割引率を変えた |
ベースアップによる債務の変動は過去勤務費用ではなく、数理計算上の差異に含まれる点に注意しましょう。
すぐに費用にしない理由
基準の結論の背景では、給付水準の改訂には従業員の勤労意欲が将来にわたって高まるという期待がある面があること、数理計算上の差異には予測と実績のずれだけでなく予測の修正も含まれ、毎期すぐ費用にすると債務の状態を忠実に表すとはいえない面があることが挙げられています。
つまり、差異は「将来の勤務期間に配分すべきもの」と考えるため、平均残存勤務期間以内の一定の年数で少しずつ費用にします。これが遅延認識です。
「従業員が働き続ける期間に配る」と覚えると、平均残存勤務期間で割る理由がすっと入ります。
償却のルールと有利差異・不利差異の符号
費用処理のルール
- 原則は平均残存勤務期間以内の一定の年数での定額法。未認識残高に一定割合を掛ける定率法も選べる
- 数理計算上の差異は、発生年度から償却するほか、翌年度から償却する方法も認められる
- 過去勤務費用は改訂日から按分する(翌年度からの定めはない)
- 不利差異(債務が見込みより増えた、運用が見込みを下回った)は退職給付費用に加算、有利差異は減算する
- 退職従業員に係る過去勤務費用は、発生時に全額費用処理することもできる
2年分の数値例で差異の動きを追う


個別財務諸表の例です。数理計算上の差異は翌年度から10年、過去勤務費用は発生年度から10年の定額法で費用処理します。割引率は2%、長期期待運用収益率は3%です。
1年目:数理計算上の差異が発生する
期首の退職給付債務は10,000,000円、年金資産は6,000,000円、引当金は4,000,000円(未認識の差異なし)です。勤務費用は800,000円、年金掛金の拠出は500,000円、年金資金からの退職給付の支払は300,000円でした。
| 項目 | 退職給付債務 | 年金資産 |
|---|---|---|
| 期首 | 10,000,000 | 6,000,000 |
| 勤務費用 | 800,000 | - |
| 利息費用・期待運用収益 | 200,000 | 180,000 |
| 掛金拠出 | - | 500,000 |
| 退職給付の支払 | △300,000 | △300,000 |
| 期末の見込額 | 10,700,000 | 6,380,000 |
| 期末の実績額 | 10,900,000 | 6,280,000 |
| 数理計算上の差異 | 200,000(不利) | 100,000(不利) |
期末の「見込額」と「実績額」の差が数理計算上の差異です。ここが一番大事な計算です。
債務は見込みより200,000円多く、年金資産は見込みより100,000円少ないので、どちらも不利差異で合計300,000円です。翌年度から償却するため、1年目の退職給付費用は800,000+200,000-180,000=820,000円です。
| 取引 | 借方 | 貸方 |
|---|---|---|
| 退職給付費用の計上 | 退職給付費用 820,000 | 退職給付引当金 820,000 |
| 年金掛金の拠出 | 退職給付引当金 500,000 | 現金預金 500,000 |
| 年金資金からの支払 | 仕訳なし | - |
期末の引当金は4,000,000+820,000-500,000=4,320,000円です。検算は、債務10,900,000-年金資産6,280,000-未認識の差異300,000=4,320,000円で一致します。
2年目:過去勤務費用が発生し、差異の償却が始まる
2年目の期首に退職金規程を改訂し、退職給付債務が500,000円増えました(過去勤務費用)。勤務費用は850,000円、掛金拠出は550,000円、年金資金からの支払は400,000円、期末の実績は債務12,078,000円、年金資産6,818,400円です。
期首に改訂があったため、利息費用は改訂後の期首債務11,400,000円×2%=228,000円とします(問題文に指示があれば従います)。期待運用収益は6,280,000円×3%=188,400円です。
期末の見込額は、債務が11,400,000+850,000+228,000-400,000=12,078,000円で実績と同じ、年金資産は6,280,000+188,400+550,000-400,000=6,618,400円で、実績が200,000円上回る有利差異です。
| 内訳 | 金額 |
|---|---|
| 勤務費用 | 850,000 |
| 利息費用 | 228,000 |
| 期待運用収益 | △188,400 |
| 1年目の数理計算上の差異の償却(300,000÷10) | 30,000 |
| 過去勤務費用の償却(500,000÷10) | 50,000 |
| 2年目の有利差異の償却(翌年度から) | 0 |
| 退職給付費用 | 969,600 |
仕訳は「退職給付費用 969,600/退職給付引当金 969,600」と「退職給付引当金 550,000/現金預金 550,000」です。期末の引当金は4,320,000+969,600-550,000=4,739,600円です。
期末引当金の検算
積立状況は12,078,000-6,818,400=5,259,600円です。未認識の差異は、1年目の不利差異の残り270,000円、過去勤務費用の残り450,000円、2年目の有利差異△200,000円で合計520,000円。5,259,600-520,000=4,739,600円で、仕訳から出した金額と一致します。
発生年度から償却する場合との比較
| 項目 | 翌年度から(本例) | 発生年度から |
|---|---|---|
| 1年目の退職給付費用 | 820,000 | 850,000 |
| 2年目の退職給付費用 | 969,600 | 949,600 |
| 2年目末の未認識の差異 | 520,000 | 510,000 |
| 2年目末の退職給付引当金 | 4,739,600 | 4,749,600 |
発生年度から償却すると、2年目の有利差異の10分の1(20,000円)が費用を減らします。問題文の指示を必ず確認しましょう。
個別と連結で差異の残り方を比べる


個別は引当金の外、連結は負債の中に入る
個別財務諸表では当面の取扱いとして、未認識の差異を負債に含めません。連結財務諸表では積立状況をそのまま「退職給付に係る負債」とし、未認識分は税効果を調整したうえで、その他の包括利益を通じて純資産の「退職給付に係る調整累計額」に計上します。
| 2年目末(税率30%) | 個別 | 連結 |
|---|---|---|
| 負債の科目と金額 | 退職給付引当金 4,739,600 | 退職給付に係る負債 5,259,600 |
| 未認識の差異 520,000 | どこにも計上しない | 退職給付に係る調整累計額 △364,000 |
| 税効果 | - | 繰延税金資産 156,000 |
| 退職給付費用 | 969,600 | 969,600(同じ) |
連結修正の仕訳とその他の包括利益
1年目末の連結修正は「退職給付引当金 4,320,000・退職給付に係る調整額 300,000/退職給付に係る負債 4,620,000」と、「繰延税金資産 90,000/退職給付に係る調整額 90,000」です。
2年目のその他の包括利益は、当期発生分が過去勤務費用△500,000円と有利差異+200,000円で△300,000円、費用処理した80,000円の組替調整が+80,000円で、税効果前△220,000円、税効果66,000円を引いて△154,000円です。1年目の△210,000円と合わせると調整累計額△364,000円になり、表の金額と一致します。
連結の損益計算書の退職給付費用は個別と同じです。違うのは貸借対照表と包括利益だけ、と押さえておきましょう。


ボックス図(ワークシート)で速く解く手順とよくあるミス


債務・年金資産・未認識の差異・引当金の期首残高を1行目に書きます。
勤務費用・利息費用・期待運用収益・差異の償却額を計算して記入します。
掛金拠出は年金資産と引当金、年金からの支払は債務と年金資産だけを動かします。
見込額と実績額の差を数理計算上の差異として未認識の列に移します。
各列の合計が期末残高、各行の横計が引当金の動きになっているか確かめます。
2年目のボックス図
債務を+、年金資産と未認識の不利差異を△で書くと、どの行も「債務+年金資産+未認識=引当金」で横に足し算できます。
| 項目 | 債務 | 年金資産 | 未認識の差異 | 引当金 |
|---|---|---|---|---|
| 期首 | 10,900,000 | △6,280,000 | △300,000 | 4,320,000 |
| 過去勤務費用 | 500,000 | - | △500,000 | 0 |
| 勤務費用 | 850,000 | - | - | 850,000 |
| 利息費用 | 228,000 | - | - | 228,000 |
| 期待運用収益 | - | △188,400 | - | △188,400 |
| 差異の償却 | - | - | 80,000 | 80,000 |
| 掛金拠出 | - | △550,000 | - | △550,000 |
| 年金からの支払 | △400,000 | 400,000 | - | 0 |
| 数理計算上の差異 | 0 | △200,000 | 200,000 | 0 |
| 期末 | 12,078,000 | △6,818,400 | △520,000 | 4,739,600 |
差異は横計がゼロになる行なので、引当金には影響しません。費用と拠出の行だけが引当金を動かすと一目でわかります。
試験で間違えやすいポイント
よくあるミス
- 期待運用収益を期末の年金資産で計算してしまう
- 年金資金からの支払に「退職給付引当金/現金預金」の仕訳を書いてしまう(企業が直接払う一時金なら引当金を取り崩す)
- 有利差異の償却額を費用に加算してしまう
- 翌年度から償却する指示なのに、発生年度にも償却してしまう
- 過去勤務費用を数理計算上の差異と同じ年数で償却してしまう(年数は別々に与えられることが多い)
ミスの多くは符号と開始年度です。差異が出たら、まず「有利か不利か」「いつから償却か」を問題用紙に書き込みましょう。
実務の退職給付:計算書の読み方・月次計上・開示


年金数理人の計算結果で見るところ
実務では、年金数理人や信託銀行などから届く計算結果を使います。確認するのは、期末の退職給付債務、翌期の勤務費用と利息費用、割引率などの計算基礎、平均残存勤務期間です。
月次の引当計上
月次計上の流れ
期首に1年分の退職給付費用(勤務費用+利息費用-期待運用収益+差異の償却額)を見積もり、12で割った額を毎月計上します。掛金の拠出時は引当金を取り崩し、期末に実績で差異を確定させます。
注記と開示
計算結果の割引率や平均残存勤務期間が前期から変わっていないかは、最初に確認する習慣にしています。
開示で押さえること
確定給付制度では、退職給付債務と年金資産の期首・期末の調整表、退職給付に関連する損益、その他の包括利益に計上した差異の内訳、数理計算上の計算基礎などを注記します。連結財務諸表で注記していれば、個別では多くの項目を省略できます。従業員が少ない会社などは、期末の要支給額を使う簡便法も認められています。


まとめ
- 退職給付費用は勤務費用+利息費用-期待運用収益±差異の費用処理額
- 差異は将来の勤務期間に配分する考え方から、平均残存勤務期間以内の年数で遅延認識する
- 翌年度から償却できるのは数理計算上の差異だけで、過去勤務費用は改訂日から按分する
- 個別は未認識の差異を引当金に含めず、連結は退職給付に係る負債と調整累計額(税効果後)に計上する
- ボックス図は横計が引当金、縦計が期末残高になるかで検算できる
退職給付会計は、差異の流れを一度自分の手で追いかけると、どんな問題でも同じ表で解ける論点です。数値例を白紙に書き写して、ボックス図が埋まるか試してみてください。
簿記1級で身につけた退職給付の知識は、決算の注記や年金数理人とのやり取りでそのまま役立ちますよ。







